ナナ・トゥルイ

提供: rain-tree
移動先: 案内検索

ナナ・トゥルイは、ダウェイ朝の皇帝。”ナナ”英雄名となっている。優れた統治者として先代のシデ・カト、次代のマーリン・サンデンらとともにダウェイ朝の最盛期を築く一方、文化、特に芸術の振興に力を注ぎ、その発展に大きく寄与した。また、トゥルイ自身も優れた芸術家であり、ダウェイ朝期最高の一人と評される。内政・外交・軍事すべてに通じ、特に内政に関しては歴史家から最大級の賛辞を受けるほど優れた統治者であったが、一方皇帝としては非常にユニークな個性を持った人物として知られており、多くの逸話を残している。

概要

ダウェイ朝の有力家臣の家に生まれる。皇位継承権を有した家系ではあったものの、基本的に皇位継承は各一門の家督を継いだものが選定されるが、彼はトゥルイ家の中だけでも七番目の子であったうえ兄妹も優秀であったため家督を継承する可能性がほぼなかった。そのため一般庶民とも頻繁に交流するなどのちに皇帝となる人物としては異例ともいえる自由で奔放な幼少期を過ごすこととなる。彼自身特に際立った才を見せるわけでもなかったが、絵画などの芸術においてはこのころより熱心に取り組んでいたといい、のちの芸術家として感覚はこのころより培われていた。

青年期に入り、皇帝としてではなく彼は有望な芸術家として世間にその名を知られるようになる。以降も創作に励み、身分の上下なく多くの芸術家と交流するなどしていたが、ダウェイ朝の宮廷での政争のあおりを受けて彼が皇帝に指名されることとなる。彼にとってはまさに青天の霹靂であり、当初はこれを強く固辞したが、周囲の粘り強い説得もあって皇帝に就任することとなる。逸話によると、この際に出された皇帝専属の料理人による高級食材をふんだんに使った料理をご馳走され、その美味に感激したあまり思わず要請を受けてしまったという。また、就任当初妻にはこのことを一切告げておらず、ただカンベ―に働きに出ると言ったのみで、妻は自身の夫が皇帝になったことをしばらく知らなかった。

帝王教育をほとんど受けておらず、君主としては当初その資質を疑問視する者も少なくなかったが、周囲の熱心な教育もありその資質を開花させた。その後まもなく外憂を排除すると、熱心な内政改革に取り組んだ。長らく庶民と交流があったことから、庶民に寄り添った政策を次々と実行し、民衆からは篤く支持された。国政が安定して以降は、多忙な政務の合間で本来の芸術活動も行うようになり、多数の傑作を残すことになる。またそれにともなって、帝政史上類をみない芸術振興政策も推進し、ノヴァールの芸術の発展に大きく貢献することとなった。

帝政期は当世の王朝の皇帝や有力者の名は英雄名とされることが常識であったが、帝政初期を除いて彼は自身の名を英雄名としなかった史上唯一の皇帝でもある。死後、次代皇帝マーリン・サンデンはすぐさま彼の名は英雄名に指定した。今日でも彼の名”ナナ”は英雄名になっている。

逸話

皇帝になってからも、しばしばお忍びで街に出かけ庶民と交流していたという。この際に、有力な皇位継承者の一人でのちに次代の皇帝となるマーリン・サンデンと遭遇している。当時庶民を見下し傲岸不遜な態度を見せていたサンデンをトゥルイは変装し素性を隠したまま一喝し、帝王、ひいては人としての道を説いた。この出来事は若き日のサンデンに人生観が変わるほどの衝撃を与えた。後日、その人物が帝国皇帝その人であったと知ると、驚くとともに大変な感銘を受けたという。以降、サンデンは庶民に対し大変な労りを見せるようになり、皇帝となってからもトゥルイの路線を引き継ぐ庶民を重視した善政を敷きダウェイ朝の最盛期を築くこととなった。