ダンジョンツリーの日常
「この建物、行けるな。」
オレンジ色の空。
入り組んだ建物。
狭い道をひたすら歩いていた俺は、その建物の中の1つに目をつける。
俺はその建物の前に立ち止まると、まずどうやって目的の場所まで到達するのかを考え始めた。治安維持機械達が常に上空を飛び回っている中だから、あまり時間はかけられない。やつらが再びこちらに戻ってくる前に侵入する必要がある。
「………例によって鍵はしまっている、と。」
扉はこの【ダンジョン】内に存在する扉の90%以上がそうであるように、全鋼鉄製、歯車仕掛けの厳重なロックに、魔法の力を利用した認識装置。魔法の使えない俺には認識装置をごまかすなんて芸当は到底不可能だし、破壊するなんてもっと無理。それに、建物を大きく損壊させた場合は問答無用で都市管理システムを通じて機械群に通報が入ってしまう。普通にやったらまずこの建物の中に侵入するなんてことは不可能だろう。
だけど、【ダンジョン】の中に建物なんて無限に存在している。根気よくその中を1つ1つ調べていけば、中には侵入の余地を残している建物が見つかってくる。
「………よし………いくぞ………。」
治安維持機械が上空を過ぎ去っていったのを確認したその瞬間、俺は建物の二階に向かってフックつきのロープを投げる。それは開いた窓の中にきれいに入り、ロープを引っ張りしっかり固定されていることを確認した俺はロープを使って大急ぎで登り始める。
俺がなんとか二階の部屋に侵入することができた次の瞬間、再び治安維持機械が上空を通過していき、俺はホッと胸をなでおろすとロープを引っ張り、再びバックの中に放り込んだ。
建物の中には無数の物がおいてあったけど、その用途の大半は俺には分からなかった。椅子とか、ベットとか、そういう単純な家具のいくつかは理解できる。おそらくこの部屋も【ダンジョン】の建物の大半がそうであるようにかつてこの星で暮らしていた人々(実際にはそれが人なのかどうかは知らないけど)が使っていた生活スペースのひとつなのだろう。
「………あっ、これは………。」
その部屋を物色していると、棚のような収納スペースを発見する。ゆっくりと蓋を開くと、中にいくつかものが詰まっているのが確認できた。中の物を一つ一つ取り出すと、さらに小さな箱のようなものを見つけ、蓋を開ける。
「………おっ。」
俺は金銀銅と様々な色、形をした硬貨を何枚か取り出す。かつてこの世界で通用していた古代の通貨で、俺達迷い人の間では【迷宮通貨】と呼ばれるそれ。
大昔の貨幣なんて何に使うのか、と思われるかもしれないが、こいつはこの世界で生きていくにあたって必須アイテムと言っても過言ではないだろう。とにかく集めておくにこしたことはないから俺はそれをすべて集めて別の建物で見つけた財布の中に入れた。
「………?………なんだこれ………なんか、この箱構造おかしくないか………?」
俺は箱の底を爪でひっかき、その後箱を逆さにして上下にふる。予想通り、底板が外れ、その奥に隠されていたスペースがあらわとなり、そこから転がり落ちてきた物に、俺は度肝を抜かれた。
それは、俺が知っているものとは細部が明らかに違うものの、銃………片手で持つことができる、拳銃だった。
「………。」
俺は黙ってそれを拾い上げると、おもむろにいじくり始める。正直、この世界でこんな物騒なものを振り回すところなんて想像ができないししたくもないけれど、なぜか妙に興味が湧いてきたのだ。
その構造は、やはり自分の知っている銃のイメージとはかけ離れていた。自分のイメージというのがどういうイメージかというと、黒光りした全金属製で、その銃身は先端にいくにつれ細くなっていく、スマートなデザインをしていたはずだが、これは木製や金縁の装飾が目立ち、その銃身(銃身と言っていいのかこれ?)は先端にいくにつれ太くなっていき、まるでラッパのような不細工な形状をしていた。そして本来弾丸を発射するための穴がある銃身先は塞がっていて、よくわからないすごく複雑な幾何学上の模様?のようなものが掘られている。
俺はとりあえずそれを構えてみるが、デザインが独特すぎるというか、正直ダサい。
と………そこまで考えたところで、自分は、本来自分の中には存在しないはずの記憶の存在に気がついた。
俺には、過去の記憶がない。
………そのはずだ。少なくとも自分の故郷とか、家族とか、そういう記憶は一切ない。気がついたときにはすでにこの世界に放り出されて、それからもう何年もこの迷宮を彷徨い続けている。
不思議なのは、そういう故郷とか家族とかといった個人情報的な記憶が一切存在しない一方で、言語とか、家の中に勝手に入ってはいけないとか、そういう社会常識的なことは何故か体に染みついているかのように覚えていることだ。今回の銃にしたって、自分が銃の事をどうやって知ったのか、この世界に来る前に使ったことはあるのかといった記憶は一切ないのに、その銃がどういう形状をしていたのかとか、そういうイメージ?常識?的なところだけは覚えているのだ。
「………はぁ………まぁ、おかげで他の迷い人達と話すとき苦労しなかったのが助かる。」
俺は、かつて自分のことを助けてくれた人達のことを思い出し、不法侵入した部屋の中でぼうっとしていたが、突然建物全体を揺らす振動に驚き、体を硬直させた。
「なんだ………?」
外から響く獣の咆哮。
俺はひとまず内側からロックされた扉を解除し、万が一にも再び閉まることがないよう適当な荷物でつっかえさせたあと、外へ飛び出る。
あの銃を懐にしまったままで。
「………。」
建物の屋上が目の前に迫ってきては遠ざかり、足元をいくつもの建物が目まぐるしい勢いで過ぎ去っていく。
私は今、建物の屋上から屋上へと跳躍し、都市の中を移動している。
「………!!!」
私が再び建物の屋上に着地したこの瞬間、天井が大きくひび割れ、次の瞬間音を立てて崩れ落ちていく。一番下の階まで落下した私は、舞い上がるホコリを両手で振り払いながら瓦礫を掻き分け脱出する。
「………最悪………。」
私は内心激しく動揺していたが、それを表に出すことなくあくまで冷静にそうつぶやく。この世界のあらゆる建物は都市管理システムによって常に正常かどうかチェックされ、人一人が着地した程度で天井が崩れ落ちるような経年劣化が発生していた場合ただちに修復されるはずなのだが、そのことは今この瞬間だけ忘却の彼方へ葬り去ることにする。
それに………今はそんなこと問題じゃない………重要なのは私の頭上をずっと飛び回りながら訳の分からない攻撃を仕掛けてくるアレの存在だ………。
「………ドラゴン………?」
俺は空を飛び回っている圧倒的暴力を前に、ただ呆然とそれだけつぶやくことしかできなかった。
その全長はどれほどだろうか、遠いからよくわからないが、建物1つくらいの大きさがあるんじゃないだろうか。あんな化け物の姿なんて、この5年の間一度たりとも見たことはなかった。
そして、そのドラゴンだが、今は一体何が不満なのか、都市のある地点を中心にぐるぐる飛び回りながら、なにか火炎弾のようなものを時折吐き出したり、下に降下したりといった行動を繰り返している。
気がつけばドラゴンと俺との距離はどんどん縮まってきているように見えて………。
「………っまずい!!!」
俺はドラゴンとは反対方向に全力で走り出し、逃走を試みる………今思えばこれがまずかった。
ドラゴンから逃げるのではなく、建物に隠れたり、あるいは反対方向に逃げるのではなく、左右に避けるべきだった。
おかげで俺はドラゴンがずっと狙っていたターゲット、リリー・ベルに追いつかれてしまい、そのまま一緒に逃走を開始する羽目になってしまうのだから。
「………!!?」
突然物凄い腕力で担ぎ上げられた俺は次の瞬間凄まじい急加速に全身を痛めそうになる。
「………君、誰!?」 「説明はあと、今はひたすら逃げることだけに集中する。」
僕のことを片手で担ぎ上げているその女性は車並みの超高速で全力疾走していて、あろうことか眼の前に立ちふさがる建物を大ジャンプで一息に飛び上がって前進を続けている。現実離れした状況とひっきりなしに襲いかかる急加速に俺は自分の思考が追いつかなくなった。
「ひぎぃ!!!ひぎぃぃ!!?」 「黙って。」
いや無理でしょ。こんなの。
これでも今脳みその処理が追いついてなくて思考停止してるおかげで、悲鳴が口から出てこないだけマシなくらいだよ。もう少し冷静な状況下だったら俺思いっきり叫びまくってたよ。
「………あっ………。」
俺は自分のすぐ脇をかすめる黒い影をグラグラと揺れる視界の中ではっきりと捉えた。次の瞬間女の人はバランスを大きく崩し、僕をしっかり両手で保護しながら地面へと落下する。
「………大丈夫?」 「………。」
大丈夫なわけ………ないだろ………。
俺はやっとのことで立ち上がると周囲を見回す。
空から黒い影が飛来して来て、それは空中で急減速するとゆっくりと地面に着地した。
『ようやく足を止めたな。貴様に追いつくのは随分苦労したぞ。』 「………念話………?」 「………。」
俺は頭の中に直接響いてくる声に驚くべきだったのだろうか、だが今は思考停止してるせいでそうつぶやくのが精一杯だった。対して女の人の方はまるで何も聞こえていないかのように落ち着き払い、冷静にドラゴンを見据えている。
『最初にこの世界に来たときはわけが分からなかったが、久々に獲物に出会うことができて嬉しいぞ!!』 「あなたがどういうつもりで私を襲ったのかは分からないけど、戦うつもりなら容赦しない。」 『ハハハハハハハ!!!望むところだ!!!』
その女の人は背中に背負っていた鉄棒を引き抜くと、クルクルと片手で回転させたあとに地面へ振り下ろす。
地面を覆っていた石畳が粉々に砕け散り、そのままドラゴンに先端を向けた女は猛然と走り始める。
女は常識外の腕力で鉄棒を振り回し、ドラゴンは前足と牙でそれに応戦した。
俺はといえば、飛んでくる破片や戦闘の余波を避けるため建物の1つに窓を破って緊急避難的に飛び込み、粉々に砕け散った窓から外で起こっている戦闘を観察していた。
ふと、懐にしまっていた銃の存在を思い出した俺はその銃を引き抜く。
「………こいつがあれば、俺もあいつに対抗できるのかな………。」
俺は銃をいじりながら使い方を必至で学ぼうとした。金具の一つを外すと突然銃が真っ二つに割れ、なんらかの部品を収納するスペースのようなものがあらわになる。
「なんだこれ………。」
俺は、そこで銃と一緒に拾っていた紫色の石の存在を思い出した。その石を穴の中に差し込むとピッタリとハマり、ほのかに銃が金色の光を放ち始めた。
「………これ………これなら………撃てるのか………?」
俺は真っ二つになった銃を閉じると金具がカチリとハマり、しっかりと固定されたことを確認する。
銃の側面に書かれていた文章の1つがひときわ強烈な光を放っていることに気がついた。他の光は金色なのに、ここだけ緑色の光できらめいて、他にも光ってはいないけど何か書いてあることに気がつくことができた。
光っていない文字を「」で、光っている文字を【】で表すとこんな感じだ。
「ヤーマル魔力充填石装填」 【術式設定】 「射出」
あぁ、そうか、こいつはまだ発射できない。
術式というものが何なのかはわからないけど、何かしら設定してやる必要があるんだ。